未来永劫の平和を願って

8月15日
日本にとっては、終戦記念日。
中国にとっては、抗日戦争勝利記念日(抗日战争的伟大胜利)。
そして、韓国にとっては、支配を受けた日本からの解放を祝う光復節(광복절)。

同じ8月15日という1日を、3国では違う呼び方をする。

ある国は、まさかの敗戦に驚き、泣いた
ある国は、自国の偉大さを認識し
ある国は、長い時間の苦痛から解き放たれ、未来に夢を託した
かもしれない。あくまでも想像でしかないが。

60年経ったいま、3国は変化した。各々が経済、産業、文化と目覚ましく成長を遂げ、各々の国の行き来も、一般の国民でも条件さえ整えば、自由にできるようになった。

e0003290_2237058.jpg約3年前、私は中国とロシアの国境にある内蒙古自治区・満洲里という都市へ訪れた。
ホームステイ先のハイラル市から、汽車に乗って、2時間かけて。
汽車に乗ると、向かいの席の女性が話しかけてきた。
当時、中国語は習い始めたばかりだったため、彼女が何を話しているのかはほとんどわからなかった。
ただ、話が通じないことで、私たち(私とべんきょうマン)が中国人ではないということがわかったらしい。

筆談をしたり、ジェスチャーをしたりで、汽車での移動時間はすべて現地の中国人と話すことになった。
e0003290_2238744.jpg気がつけば、文字通り、老若男女の約20人が、私たちの席の周りを囲んでいた。
その場にいた全員が、初めて日本人を見るという。
好意的な人もいれば、私のことを憎き敵に遭遇したかのように、鋭い眼差しで睨んでいるおじさんもいた。
彼に対し、どう接すればいいのだろうと悩んだが、
私には、単語を並べただけの中国語で一生懸命話しかけることしかできなかった。




若い可愛らしい女性は、英語で「あなたたちに逢えて、本当にうれしい」と言った。
e0003290_22382774.jpgべんきょうマンが、みんなと話している姿をデジカメの動画機能で撮影していると、
「日本の技術は本当にすごいね。有名だよ」と筆談してくれた人。
「日本だとたくさん稼げるんだよね。給料はいくらなの?」と尋ねる人もいた。

「靖国問題をどう思うか」と聞かれたときに、私は私なりの意見を述べた。すると、みんなは、とても驚いていた。
「日本人はみんな、戦争をしかけた悪い人らだと思っていた。君たちのような日本人もいるのか」と。

情報が入りにくい場所では、誤報であろうと、それがいつの間にか常識となってまかり通ってしまうことも多い。
建て前だけの国家の代表同士の交流ではなく、民間レベルでの真の国際交流がさらに活発になれば、つまらぬ誤解もとけ、本音をぶつけあうこともできる。
悪くしたイメージを良いものに挽回するには、時間を要する。
最初は1人から初めて、1年後に100人の人が、5年後に1000人、10年後に1万人。ゆっくりと時間をかけて、草の根運動的に国民同士がわかり合えば、60年後にはお互いの国に対する見方も変わっていくのではないだろうか。

終戦60年目の今日。
アジアの、世界の、未来永劫の平和を願って。

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by leneko | 2005-08-15 22:24 | JAPAN 日本